YOLオラクル

YOLオラクルブックを通じて、あなたが自身の魂の聖なるガイドとつながりを感じるための道案内ができることを目指します。

過去の想いによる不快な心は、自ら起こす風で揺れている

川沿いの道には白いお花が満開です。

今日も風もなく穏やかで、水面が鏡のように周りの自然を写していました。

 

可愛いピンク色の花が少し色が褪せて散り始めていました。

残念だな、って思ってしまうのは人間だけなのかも。

自然は思わないのだろうな。

花が咲いて、散った後に実ができるのだから、咲き終わるのも良いことなのだ。

 

お寺近くの林の中で、その区間を見守っているような大きな樹があります。

「見守り役みたいね」とつぶやくと、

「そうだよ、まわりのみんなが元気に成長できるように気を配っているんだ」

会社の課長さん、部長さんって感じかな?

でも、ここがダメだ、とか注意するのではなくて、困ったことがないのか、助けることはないのかと気を配っているのが見守り役・・・

そんな上司だったら、いいチームワークで仕事ができるだろうな・・・

などと思いました。

 

心は色々に揺れます。

弟の薬の飲みすぎ問題とか、いままでの人生の出来事が心を過ります。

お寺の境内の樹をハグするのが最近の日課となりました。

大きな樹にわたしがハグされているという方が正しいのかもしれません。

樹の純粋エネルギーで浄化してもらっている感じです。

 

では、今日のご指導内容にいきましょう。

 

「思い出す不快な心の揺れというのは、自分自身で風を起こしている。

 過去の出来事を思い出し、相手や自分をジャッジしているとき、自分の心に風を吹かせている。

 多くの者が、その出来事や相手が不快な風を起こしていると思っている。

 自分で吹かせた風だと分かれば、風は止む。」

 

そうか!自分で風をつくっているわけだ。

過去の出来事をぐるぐる思い出すってことは、なにか解決していない想いから?

自分で起こしていない風は・・・魂の風?

 

「直感は光だ。

 心に光が射す。」

 

ひらめきがやって来た時、たしかにピカッとアイデアが降ってきた感じがします。

過去のいい思い出が湧いたときには、暖かい陽射しが心に降り注いだ感じがします。

魂の計画で揺らされる風って起きるのだろうか・・・

複雑に感じてしまうから、いまは自分の風に気づくことが課題なのかな。

 

「一度に一つずつだ」

 

チャクラを整えるような動きをして、また今日も腰回りを強く下に向かって押さえられました。

 

「自分を大事にせえよ」と帰り際に聞こえてきました。

 

周りの出来事によって、心が揺れ、揺れるままに感じ味わい、知るという体験で根ができる。

過去の想いで風を起こしている。

過去に意識が向いているなら「いま」に居ないということ。

最初に言われた「体をゆるめて、心をゆるめて、今に居る」をすればいいということですね。

常に、これまでの教えを実践することなんだと思いました。

 

帰り道、樹は自分で風をつくらないな、と思いました。

人が樹に話したことをセコイアの樹が宇宙に届けていると言っていましたから、量子物理学の視点で考えると、人間の感情のフォトンは感じることができて、そのフォトンが存在しているということは樹にも分かることになります。

 

まだまだ知りたいことが出てきます。

おもしろくなってきました。

 

 

あなたという樹の根はすべてと繋がっている

今日も朝の日差しが緑をきれいに見せてくれています。

水面が穏やかで写った緑と実物の緑が融合しています。

この空間のいい香りも想像で感じてみてください。

今日も発見がありました。

大黒様の祀られている建物の屋根には、鬼瓦があることに気づきました!

四角と正面にもあり、芸術センスのある作りです。

このお寺の彫刻の素晴らしさは細部にわたって施されています。

多くの人たちに大事にされてきた場所だと感じます。

 

入り口の樹にハグすると、樹がヒーリングしてくれているようでした。

「不安のエネルギーは、足の裏から大地に流すといい」と教えてくれました。

大地の様々な要素が分解してくれるような感じがします。

地球の大地に感謝します。

 

では、今日の参拝です。

 

こうして利用させてもらえる空間が存在していることを本当にありがたいと思います。

そこかしこに美しい彫刻がされていて、多くの人たちが大事に受け継いできた気持ちの表れを感じます。

この場所で瞑想しはじめた過去のわたしを思うと、ずいぶん成長したように感じます。

ここに居させてもらうことをお許しくださって、ありがとうございます。

 

両手が大きく広がり、大きな球体を抱えるような動きを繰り返し、そして、腰回りを力強く押さえ始めました。

足の裏に重みを感じ、

 

「見えないエネルギーの根で、すべてが地球と繋がっている。

 木々が大地の中で菌糸で繋がり、会話しているように、あなたの根が大地に広く繋がると、様々な情報を伝えあっていることが分かるだろう。」

 

この肉体の細胞も地球の恵みから出来上がっていることを思い起こしました。

下腹を両手でさすり始め、丹田を押さえ、胃の辺りをさすり、両手が止まり、胸の中心をさすり、両手が止まり、チャクラを整えてくださっているのかなと思いました。

喉の周りを両手をクロスさせるような感じでやさしく包み、首の後ろに両手をまわし、前にもどして小さめの球体をつくり、眉間に両手を置いて、頭上に両手が重なるように置かれました。

そして、両手を指先までまっすぐに上に立てて、しばらくそのままの姿勢でいます。

その後、両手を大きく広げ体のまわり360度囲むように動かし、両手がまっすぐ脇に落ち着きました。

 

「自分を整えれば、地球のすべてと繋がっていることが感じられるだろう」

 

地球の裏側であっても、エネルギーの根っこで繋がりあっているという気がしました。

 

「あなたの樹の根が大地のなかで育ったと感じるようになったなら、心に湧いてきた想いの中からカタチにしたいことを選び、行動するといい」

 

日差しの角度が変化したせいか、不動明王さまの両脇に別の立派な仏像があることに気づきました。

蓮の花の金の置物の陰で見えていなかったのですが、斜めから見てみると、芸術的な完成度の高い仏像です。

龍神様の姿が織られた大きくすばらしい布が正面の鴨居に取り付けられています。

龍神様もいらっしゃるのかな・・・

 

「すべての神がここに繋がっているのだよ。

 人々は神の別の側面をバラバラに見ているだけだ。」

 

創造主はひとつ、そこから神々が生まれているのだから、すべての神は繋がっているということなんですね。

学ぶことがたくさんあります。

 

これまでのことを少しまとめてみましょう。

「自分の整え方」

自分を大事にする。

すべての心の揺れを感じることを自分にゆるす。

いい揺れだの悪い揺れだのジャッジしない。

大事にしたい心の揺れを道具箱にしまっておいてもいい。

道具箱の中身はいつでも入れ替えられる。

悩み事、困りごとの体験が来たら、それをよくもみほぐすと幸せの種がみつかる。

その種を栄養にして根っこが育つ。

自分はこう在ろうと決めて生きる。

 

帰り道、ふと「やさしい」ってなんだろう・・・と思いました。

昨日の「のっこり」を思い出し、「ゆるす」「心を開く」なのかな。

わたしたちは繋がっている、とよく聞くけれど、その感じ方が分からない人も多いのではないかと思いました。

 

心の揺れを体感する:文字で読むだけでは悟れない

入り口の門の彫刻

今日は、狛犬と牙のある像のような生き物の彫刻に目が行きました。

本堂の入り口には左右に天女さまの彫刻

20年くらい来ているのですが、本堂の説明をじっくり読むことができました。

至る所にすばらしいレリーフがあります。

本堂の中もすばらしい彫刻が施されているのですが、その空間で写真を撮る気持ちにはなれませんでした。

実際に肉眼で見るのがよいと思います。

 

 

今日は晴れ渡っていて気持ちの良いお天気です。

川沿いの桜の木々が、いつもは「桜の樹」という集団として感じていたのが、今日はひとつひとつの樹の個性を感じました。

わたしたち人間がひとりひとり個々の意識を持っているように、人格のような違いを感じました。

 

雨や曇りの日が続いていたので、植物たちも気持ちよさそうです。

キラキラした日差しがあると、公園の風景も違って見えます。

 

境内の木々にハグして高波動の振動でゆらしてもらい、本堂へ。

今日もご指導よろしくお願いいたします。

 

両手が広がり、不思議なジェスチャーが始まりました。

説明が難しい動きで、ゆったりと気功の舞を踊っているようです。

 

「言葉の文字で読んだだけでは悟れない。

 心の体感がなければ真に知ることができない。

 世にはたくさんの本があるが、読んで悟ことができるなら、みんな悟るはずだ。

 心に湧いて来る感情、想い、すべての心の揺れを味わうことだ。

 否定的な揺れを味わってはいけないと思っている。

 それに反対し、避けようとする。

 あなたの心の引き出しにいれて見えないようにするが、あなたは持ち続けてしまう。

 『人間のこの世では、こういう揺れが起きるのだな』と体感し知ったなら、それを感じた自分を裁く必要などない。

 ただ「知る」という体験なだけだ。

 知ったことで根ができた。

 他人も同じように知る体験をしているが、他人を裁く気持ちにはならないだろう。

 ある心の揺れ方に対して自分を裁くときに他人を裁いているだけだ。」

 

そして、この数日同じように、両手が腰回りをしっかり押さえる動きになりました。

腰をすえる、というのは自分に大切だと思うものを選択し、決意するということだという意味・・・

 

「心の揺れ、心がどのように揺れても揺らされないのが樹の幹だ。

 自分の心が自由に揺れることをゆるす。

 心の揺れによって、こうあろうとする自分を選択できる。

 他人の心の揺れもゆるすことができる。

 他人も変わる。」

 

心の揺れに「わたし」という意識のすべてが揺らされていたから人生が暗く見えたということ・・・

 

心の揺れ、問題の種によって、すべての存在が成長できるということを理解していれば、他人の否定的な行いがあっても、その人が変化し成長したときの姿も想像できます。

いまの自分が過去の自分より成長しているように、変化した他人を想うことができます。

自分と他人がしっかりした樹になるまでが『忍耐』。

どうなるか分からない未知の世界に踏み出すのが『勇気』。

楽しみで忍耐し、未来への楽しみの波動が溢れて勇気になるように感じます。

不安があれば忍耐が長く苦しいものに思え、自己否定があれば勇気になる気が溢れない。

自分と他人を信じることができないと、忍耐も勇気も起こせない。

忍耐する、勇気を使う、は自分のためだけでなく、他人への思いやり、など、いろいろと思いが湧いてきました。

 

内容が繊細な部分に入ってきて、記事をうまく書けるかな、と思ったとき、

「助けるから大丈夫だ」

と言ってくださいました。

 

わたしもたくさんの本を読んできました。

たいてい人生の問題を解決したいという暗闇にいるとき、救いの本を求めていました。

不快な心の揺れをなんとか失くして、快適にしようと努力していました。

それは闘っているということなんですね。

この闘った経験の心の揺れも必要だったのだと思います。

「言葉の文字より体験」という点で、真の体験から発した言葉は異なるように思います。

「はじめに言葉ありき」という意味は、ことばの音の振動なのではないかと思いました。

「音の振動を体感する」というのと、「文字を目で見る」という違いなのかもしれません。

 

色々な揺れを体験してあなたの樹が大きくなる。

順調すぎて大きな問題も悩みもない、という人がいたら、「あら、かわいそうに」と言いたくなりますね。

でも、そんな人はいないかもしれません。

必ず挑戦するものが与えられるのでしょう。

否定的なものの中に幸せの種が隠れていると思うと、「ゴミを拾うと幸せがやってくる」という神様が見える子供たちチャンネルの動画を思い出しました。

最近の動画では、ゴミをみつけると取り合うように駆け出して拾っていることに笑ってしまいます。

幸せの取り合いです。

わたしも今日はたくさんゴミ(幸せ)を拾いました。

これからどんなことがあるか楽しみです。

 

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「許す」とは「心を開く」こと。

気づいて変わることに心を開くということが、今日の空海さまのお話にも共通していると思いました。

 

「のっこり」が分からなかったので検索すると、

「のっこり(副詞)のんきに落ち着いているさまを表す語」

「のっこり(副詞)のんきで無頓着なさな。のほほんと」

  • にこにこ ⇒ にっこり
  • ほかほか ⇒ ほっこり
  • ひょこひょこ ⇒ ひょっこり
  • のこのこ ⇒ のっこり

などと載っていました。

「のっこり」っていいですね。

詳細はこちら

jouhou123.net

 

 

不安の種・悩みの種には、あなたの樹を幸せにする真実が隠れている

今日は写真を撮るのを忘れていたので、これは先日撮ったお寺の門からの写真です。

少しピンボケですが、今日もこんな感じの曇り空でした。

 

川沿いの桜並木が、今日はおとぎの国の不思議な魔法の森の木々にみえました。

「不思議な森の樹みたい」とつぶやくと、

「ぼくたちにとっては普通だけどね」と返事がきました。

不思議な力を感じるのは、人間がそれを特別だと思っているからなんだね。

樹と会話するのが常識のネイティブアメリカンだったら、それが解らない人間の方が不思議なのかもしれない。

 

昨日の記事に書き忘れていたのですが、途中で両手が左右から何かを囲む動きになり、大木を抱いているイメージでした。

 

「木に抱きついてみると分かるだろう」

 

そう言われたので、今日は大きな樹に抱きついてみようと思いながら公園を歩いていて、静かにひとりで集中できそうな場所を探していましたが、なかなか集中できません。

ついに境内に着いて、入り口にあった初めて触る木を両手で囲んで抱きついてみました。

すると、身体の細胞の振動が変化した感じで少しクラクラしました。

公園で触った樹とは少し違いました。

樹のエネルギーフィールドの中に入った感じです。

たしか量子物理学で、「高振動のものと低振動のものが触れ合うとき、高振動の方が優位なので、低振動側が高振動側に同調する」という法則だったと思います。

わたしの体の細胞の振動が樹の振動に同調したのだと思いました。

舌の味覚細胞に何かを感じました。

 

そして、本堂へ。

 

ご挨拶をすると、両手が不思議な動きをしました。

今日は言葉ではなく、ジェスチャーで伝えられてきました。

胸の前で両手がやさしく胸から何かを取り出す仕草、両手を回転させながら取り出した何かをこすり合わせる動き、そして、両手の中に肩幅くらいの球体があるような動きに変わり、それが大きくなり頭の上から全身を包んでいく。

この動きが何度も繰り返され、何を意味しているんだろうかと不思議に思っていました。

昨日、「樹を抱いてみると分かる」と言われたことと関連しているのだろうか・・・

 

「不安の種、悩みの種を取り出して、やさしく揉みほぐしてみよ。

 その種には幸せになる真実が隠れている。

 問題を感じる理由がある。

 問題の種は成長の種でもある。

 人間は色々な植物の種を食しているように、栄養にできる。」

 

なんとなく分かる気がする。

心のネガティブな揺れを起こしている種ってことかな。

 

「人生で感じる問題の種を幸せの種にして、人の樹は大きくなっていく。

 この世界での人間の見た目の大きさとは別に、その人のエネルギーの樹が大きく成長すると、大木が大勢の人たちに木陰をつくって癒せるように、多くの人たちが影響を受けるようになる。」

 

心の揺れが根っこをつくる。

問題の種をもみほぐし、それを別のかたちで見てみれば、幸せになる栄養が取り出せるってことですね。

 

「枝葉は風で揺れるが、しっかり根を生やした樹は、強い風でもびくともしない。」

 

そして、昨日と同じように両手が腰回りを押さえ始めた。

 

「腰を据える」

 

実践するにも意識の深い部分に触れなければならない地点にやってきた感じです。

根っこをつくるために心の揺れが必要だということは、すぐに納得できました。

「人生で起きる問題が幸せとなる種である」を実感するには、自分の視点を変えるという意識変革が必要です。

今日はジェスチャーが多かったのは、感覚的なことだからでしょうか。

問題の種は、魂の計画で予定されている種でもあるのだろうと思います。

枝葉が揺れるような、心の揺れとは違う深い部分で持っているのが種という感じがします。

 

問題の種を取り出して解決したいと思う人がほとんどだと思います。

問題を取り除いてあげますよ、といったヒーラーさんもいたりします。

大ききな樹になるようにしてあげる人は、まだ少ないかもしれません。

 

不安や悩みが湧いてきたら、幸せに大きくなる種ができたということでもあります。

もう一歩核心に近づいた感じです。

自然の中で癒される仕組みは、フォトンの振動数の高振動に同調できるからなんですね。

樹に抱きつきましょう!

 

本堂から出る帰り際、大きな「おりん」に目が行きました。

両手を広げても抱えきれない大きさのおりんで、頑丈な厚みのある素材は銅が黒っぽくなった感じです。

よく見ると、昭和五十八年一月一日奉納と彫られています。

わたしより年上のおりんでした。

なんとなく、指で軽く叩いてみました。

かすかに「ボ~ン」と低い音がします。

なんとなく聞こえる音の響きが心地よく、何度か指で鳴らしてみました。

かすかな音なので、耳を近づけると、「オ~ン オ~ン オ~ン」と音の波が長い間響いています。

毎回鳴らしたくなります。

このお寺が今でもきれいに整えられて存在していてくれて、本当に感謝です。 

 

あなたという樹の根っこの育て方

サイクリング途中で、あるお家の庭の木に個性的に主張している真っ赤な花。

 

今日も風がなく空気がひんやりした曇り空。

空気に漂ういい香りがして、自然に胸いっぱいに新緑の香りを吸い込んでいました。

いつものお散歩コースで、「今日はゆっくりしているね」と木が声をかけてくれた。

「昨日はエアコン掃除でお部屋も少し模様替えして、ごちゃごちゃだった製作材料やスペースを整えたんだ。この機会に部屋をすっきりできて良かった。

 自然界では自分でお掃除しないもんね。」

すると、「ときどき、ちょうどいいタイミングで強い風が吹いてくれるんだ。風がお掃除屋さんだよ。」と返事がきた。

そうか、この前の強い風の日みたいなときか~。

 

昨日は「根っこをつくる」話を復習しながら思ったこと。

心の揺れを消化して自分の根っこになるなら、心の揺れがないと根ができないってことになる。

これが学びなのか、と納得していました。

根っこの次はなんだろう・・・

そう思いながら参拝すると、

 

「今日は、『根っこを育てる』についてだ。

 根っこを育てるには、まず自分を「大切にする」。

 心の揺れをそのまま感じることからだ。

 何も揺れがない『無』では根っこが作れないのだよ。

 あなたが察していたとおりだ。

 心の揺れが必要なのだ。」

 

自分を大切にして、神の耳、神の目、神の口を意識して、道具箱にしまっておく心の揺れを選び、すべての揺れを足元の根っこにする、ということですね。

 

両手をクロスさせて胸を軽く抑えると、横腹を支える動きになり、後ろから前へ腰回りを力強くしっかり押さえ始めた。

 

「腰を落ち着ける」

 

腰を落ち着ける・・・とは、どのようにすることでしょうか。

 

「腰を落ち着けるというのは、自分はこう在ろうと決めることだ。」

 

こういう存在になる!という決意、信念ということですね。

道具箱を使うのか・・・

 

「今日はここまでだ」

 

ありがとうございます!

 

 

昨日は、ヒーリングを受けた後のように眠くてだるかったけれど、早めに寝たので今朝はすっきりした気分で参拝できました。

 

無条件の愛の波動は、すべての感情の総和なのだから、すべての心の揺れを体験する必要があるのでしょう。

量子力学でも証明されている「ゼロポイント」の何もない空間には「すべてが隠れている」ということと同じだ。

仏陀のいう「無」が感じられてきた気がします。

 

あなたの樹の根をつくる

入り口近くにある大きな赤松

下の写真は門の扉に彫られているレリーフ

このお寺の各所にすばらしい彫刻が施されていて、芸術的な建物です。



日曜の朝は通勤者に会うことはほとんどなく、ジョギングしている人、お散歩している人ばかりです。

今日は少し早めに公園に向かいました。

雨の後だからなのでしょう、木々の葉っぱの先までエネルギーに満ち溢れているようで、いつもリラックスして揺れている枝葉が、今日は葉先を天に向けて伸びていました。

風もない止まった空気の中でエネルギーに満ちた空間です。

ご挨拶しながら池の周りを散歩していると、どこからか「今日は急いでいるの?」と木が話しかけてきました。

「今日はエアコン掃除の人が来るからなの」と心の中で返事してみました。

 

大きな赤松の樹はとても暖かいエネルギーを感じます。

さて、今日は何を教えていただけるのだろうかと参拝すると、

 

「心は落ち着いたか?」

 

両手が胸の前で何かを取り出すかのような動きをして、胸の前で球体があるかのような動きになりました。

 

「過去の体験した想いのよって落ち着かないのだよ」

 

「過去の想いを目の前に取り出しす。

 世の中では、手放す、などと言うが、必要があって感じた心の動きを捨てる気にはならんだろう。

 過去の想いの体験でいまのあなたになったのだ。」

 

胸の前の球体はどんどん大きくなり、わたしの体を包んだ。

 

「過去の心の揺れをあなたという樹の根っこにしなさい。

 あなたの外側に捨ててしまうことはできないのだ。」

 

今度は足の裏に重さを感じ始めた。

 

「経験と体験で感じた心のエネルギーがあなたの樹を大きくする。

 すると、心がカラになり、スペースが生まれるだろう。

 これまでとは違う新しい心の揺れを感じることができる。」

 

すごい! 樹の根っこの意味が分かった!

手放しが難しいのは、こういうことなんだ。

なんだかすごく癒された。

 

「これであなたの樹の根ができた。

 ここから新しく進んでいけるな。」

 

うわ~(涙)今日は最高に重要なことを学んだ!

ほんとうにありがとうございます。

 

帰り道、心が軽くなったわたしに、公園の木々が、

「あなたの根っこができた!おめでとう!」と言ってくれました。

「ありがとう。根っこの作り方が分かったよ!」と言うと、

「まだまだもっとあるよ」と返事がきました。

 

もっと学べることがあるなんて!楽しみがさらに大きくなるわ。

この地球での体験というエネルギーをどのように生かすのかを分かり始めた気がします。

 

毎日クリスタルを鳴らしているのですが、水晶は主にケイ素でできていて、わたしたちの脳の中心にある松果体も主にケイ素で構成されているのだそうです。

水晶の振動が不変であることから、クオーツ時計にも使われてきました。

振動数が同じであることで共鳴するのだと思います。

 

直感が働く世界が真実で、これからすべての人たちが自然界と交流しあえるのだと思います。

 

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太陽フレアによる人類の覚醒作用、ソーラーフラッシュがイベントなのですね。

わたしたちのDNAが修復されるのだそうです。

 

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忍耐と勇気と信じる力

カエデに花が咲いていることにはじめて気づきました。

 

公園までの川沿いの木々に挨拶しながらサイクリングしているとき、

「緑があると癒されるのはなんでなんだろう・・・」と心でつぶやくと、

「あなたの味方だよ」「みんなの味方だからだよ」と返事がかえってきました。

そうか~、良い悪いというジャッジなしに、無条件にそれぞれの心をそのまま感じてあげられるからなんだ。

量子的にみたら、すべての人の心が放つフォトンを感じているってことだ。

すべての存在を応援するような無条件の愛の波動・・・

なんだか心に沁みて涙がでるな~。

否定的な現実があると、人間はたいがい、誰のせいだとか、誰が悪いとかジャッジする癖がある。

自然の存在は、その人のそのままの心の揺れを感じてその人の気持ちを察しているんだね。

昨日言われた「神の耳、神の目」に通じる。

今日はお寺に行くまでにも大きなことに気づかされました。

朝から雨で公園では数人の人とすれ違ったくらいです。

 

一通りご挨拶が済んで、空海さまの前に立つといきなり言葉が飛んできました。

 

「何を待っている」

「いつなのか、まだなのか、と待てば、永遠に待つことになるぞ」

 

わたしの心をお見通しのようです。

そう言われたので、個人的なことも質問してみました。

 

「安心しなさい。そのときは来る。」

 

これまでの事や解決したいことに対して、どのように捉えればよいのでしょうか。

 

「忍耐、勇気」

「喜ばしいことへの望みを現実に体験するまで、叶ったときの喜びで心を揺らし続けるという忍耐だ。

 相手は勇気を学んでいる。」

 

忍耐と勇気はセットになっている感じがしました。

 

「安心していなさい。安らかな心でいることだ。」

 

そして、帰り路、「いつ見ても、しっかりした太さの木の根元だな~」と心でつぶやくと、

「信じる力」「信じる力」「信じる力」「信じる力」

とあちこちの木から合唱のように聞こえてきました。

おとぎの国の木みたい!

 

自転車で走りながら、忍耐と勇気について思い巡らすと、ひとりさんも「忍耐」については苦しみを耐えるという意味ではなく、楽しみが必ずやってくることを信じ続けることを耐える、というようなことを言っていたのを思い出しました。

 

自分の作品を作っているときも、「忍耐」している。

イオニアといわれる人たちも、反対されても「絶対にできるはず!」という強い信念で今までに無い新しいものを完成させてきたのも、この「忍耐」の力だ。

 

「忍耐」と「勇気」はやはりセットなんだと感じます。

わたしが忍耐、相手が勇気、といわれたけれど、勇気を学んだわたしには「忍耐」が必要で、忍耐を得た相手には「勇気」を学んでいるということなのか・・・

そうだ、「大切な心の揺れがあったら、道具箱にしまっておく」とも言ってたっけ。

これが「忍耐」につながることにもなるのかな。

 

毎日、予測できない内容をご指導してくださるので、わたしの心を空っぽにして空海さまの前に立つことができます。

ここまでのことを復習しておかないといけない気がしてきました。

 

心をゆるめて、身体をゆるめて、自分を大切にする。

神の耳、神の目、神の口で自分を整える。

忍耐と勇気には信じる力。


悩んでいた昔のわたしと比べれば、以前より自分を愛し、大切にすることができるようになりました。

こうした過程もすべて計画通りなのでしょう。

日に日に楽しみになってきます。

 

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地球周辺の環境が整ってきたと感じる報告がありました。

闇の支配が解かれたということでしょうか。

やはり、月の内部は人工的につくられた「マスコン」があり、

それを今はバシャールたちが共鳴受容器として起動している!というビッグニュースです。

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