雨上がりの朝、お日様の光が暖かく降り注いでいて、公園の植物たちが元気に成長しているのを感じます。
昨日は緑色の粒々だけだったので、どんな花が咲くのだろうかと思っていたら、今朝見ると、白い花が咲き始めていました。
色々な鳥の鳴き声が響き渡っていて、鳥たちの歌っている声の波動も良い影響を与えてくれているに違いありません。
いつものコースをお散歩したら、今日もお寺の本堂へ向かいました。
早朝のお経とお掃除の後の時間なので、空間のフォトンも絶好調のときだと思います。
今日のご指導は、昨日からの続きでした。
「自分を大切にする」とは、自分本位のわがままでもない。犠牲でもない。
感じるすべてを味わい、心の揺れを無視しない。
「わたしはこう感じている」と認めるがジャッジしない。
それぞれが自分自身を大切にすることから始まる。
多くの人が「心の揺れ」に対して頑張っていることがあるだろう。
心は風に吹かれる枝葉のように自然に揺れていくものだ。
怒りや悲しみを感じたとき、「自分が正しい」という信念だけで捉えると、攻撃するような波動を発してしまうけれど、「わたしは怒り・悲しみを感じている」と認めることができると、怒りや悲しみは消化していくように思います。
高い波動で居たとしても、怒りや悲しみを感じないということはないのだと思いました。
感じたことに執着しないでいられる意識であることが自由さを感じます。
スピリチュアルな事柄がたくさん発信されている時代になり、怒りや悲しみを感じる自分は低い波動なのかと思ってしまいがちです。
しかし、そう判断すると良い悪いというジャッジから抜け出せないように思います。
お寺での参拝では、何かもっと奥深い感覚を伝えられていると感じます。
何か行動に移すとき、わがままでもなく犠牲でもない適切な選択がみつかる自分になっていたいです。
ここのお寺では、不思議な意味深い出来事を体験してきましたから、日課となった朝の参拝も魂の計画なのでしょう。
自分を大切にするのが第一歩である、二歩めはどのような教えをいただけるのか楽しみです。