池の歩道を歩きながら上を見上げると、木漏れ日と池の水面に反射した光が揺れ合って、緑の豊かな芸術になっていました。
いつものように、お寺の本堂へ。
不動明王さまのところで座禅をしていると、きょうは雑念が湧いてきてしまいます。
指を組んだまま両手が頭上にまっすぐ伸びて引き上げられる感じになりました。
なぜか集中しきれないので、ご住職さまのところへ行き、座りました。
きょうは、なぜか雑念がやってくるのですが・・・
「過去の自分を認めたい、他人に分かってほしいと思うことがあるときなど、自分で枝葉を振っている。
起きる出来事が最善だと信頼することだ。
お互いの学びに最善な出来事なのだ。
それを信頼していれば、最善のことがやってくる。」
「今を信頼する」きのう言われたテーマも「信頼」だった。
これが課題なのですね。
空海さまのところでは、一段高くなった板の間に座禅を組むように促されました。
はじめてその場所で座ってみると、空海さまの像とその後ろに祀られている赤い色の不動明王像が護摩の儀式用の仏具の間からはっきり見えてきました。
身体の周りの床に向かって両手が広がって動き、
「これから成長する若い樹は、大地に立っている。
樹の根と枝葉が大きく成長すると、樹の根元に座禅を組んで座っているような安定感が出てくる。
動かそうとするのが難しいくらいにどっしりと大地に座っている。」
内面の安定感が違うということですね。
毎日、公園にある大きな樹の根元の太さに感心しながら来るので、その安定感の意味が分かります。
今を信頼し、起きる出来事を信頼することが普通になると、この安定感が生まれてくるのでしょう。
お礼をしたところで、ひとつ聞いてみたくなったことがあります。
個展に出す作品で、糸は麻100%のものを混ぜて使っているのですが、今回は編み物と生地を組み合わせるので、麻の生地についてたずねてみました。
「神事のときに麻を使うが、普段の生活には綿のものが良い」
フレンチリネンと聞くとおしゃれな感じがするのですが、実際着てみると肌感触は少し痛い感じなのです。
着物でも綿素材が中心で麻100%のものはありませんでした。
麻は邪気を吸ってくれるそうなのですが、軽くてさらっとしている綿素材の方が生活の動きには適しているのだと思います。
暑いインドでも衣類に使っているのは綿が中心です。
特別な儀式のときに必要なのでしょう。
瞑想のときに麻のショールを羽織るといいのかもしれません。
瞑想に適した時間の長さは、脳の神経回路の配線が効果的に、かつ持続的に入れ替わるために、最低でも15分必要だということです。
15分以上、自分の感覚で1時間でもそれ以上でもいいそうです。